
幼い頃に出会った、忘れられない味
1996年、私が5歳のとき。叔母のパートナーがパキスタンの方だった縁で、家にはよくパキスタンの人々が集まり、大きな鍋で料理を振る舞ってくれました。
鍋のふたを開けた瞬間、あふれ出すバスマティライスの芳醇な香りと、台所の空気を一変させるスパイスの熱気。5歳ながら「一番好きな食べ物はビリヤニ!」と即答するようになっていました。

当時の日本は、パクチーもタイカレーもまだ一般に知られていない時代。それでも我が家の食卓には、スパイスカレーやビリヤニが当たり前のように登場しました。そんな情景が、今も私のビリヤニ作りの原点になっています。
その後、叔母がドバイへ移住したことで一度はビリヤニから遠ざかりますが、2015年、実家を出て自炊を始めた頃に思い出したのはやはりあの記憶。
「大好きだった味を、自分の手で再現したい」
叔母に教えを請い、食べ歩きを重ねて、少しずつ自分の味の土台を築いていきました。

暮らしの中で生まれた「流し」というスタイル
2017年、仲間たちと住んでいた三軒茶屋の一軒家で、友人に試作ビリヤニを振る舞ううち、「うちのバーでも出してよ」と声をかけてもらえるように。神宮前のバーでの初出店を皮切りに、ご縁の数珠つなぎで出店の場が広がり、バンドのライブやDJイベントに呼ばれることもあれば、友人の引っ越し祝いで炊くことも。気づけば「流しのビリヤニ」というスタイルが確立されていきました。

“炊きたての真髄”を求めて。本場ハイデラバードへ
「正解がない」からこそ、本場の空気や真髄をこの肌で感じてみたい。「流しのビリヤニ」として活動を深めるにつれ、その想いは抑えがたい衝動へと変わっていきました。
降り立ったのはインド南部、テランガーナ州の州都ハイデラバード。そこはインドでも有数のビリヤニの街。ビリヤニが日常の料理として、人々の生活を支える光景がありました。


暑さとクラクション、土埃の匂い、人の密度。街の凄まじい熱気と喧騒の中、迷いなく手を動かし続ける料理人たち。膨大な量のビリヤニをスピーディーに調理しているにもかかわらず、そのクオリティは圧倒的でした。
スパイスの立ち方、油の加減、肉の旨みと酸味の精緻な重なりに衝撃を受けたのです。現地で味の基準を五感に刻み込めたことは、この旅で得た最大の収穫であり、私の新たな原点になりました。

ひと口ごとに、表情が変わる。鍋の中に閉じ込めた香りのグラデーション
今、私たちが目指すのは、ハイデラバードスタイルを軸にしたビリヤニです。食べ進めるほどに旨みの層がほどけていく。米はふわっと軽いのに、ひと口ごとに味が変わる。重たくないのに、余韻は長い。そんなバランスを、火入れと蒸らしの時間まで研究して、丁寧に磨き続けています。


日本橋の6席から始まった「おもてなし」
2022年11月、日本橋にわずか4坪・6席の「流しのビリヤニSTAND」という店を構えました。毎日カウンターに立つ中で気づいたのは、料理の美味しさ以上に「ここで過ごす時間をいかに楽しんでもらえるか」という視点の大切さでした。

初めての方でも迷わず選べるメニューの書き方、ふらりと入りやすい看板の出し方。小さなことの積み重ねが、お客様の満足度に直結します。失敗の改善を繰り返し、2024年6月に「ビリヤニ炊爨室 日本橋店」としてリニューアルしました。

大量に炊くほど、美味しくなる。静岡で掴んだ「日常食」の手応え
2025年1月、静岡駅前のcosaフードホールに「ビリヤニ炊爨室 静岡店」をオープンしました。一度に多くの提供が求められる環境は大きな挑戦でしたが、フェス現場で培ってきた「大量に炊き上げる技術」を日々の営業に落とし込む絶好の機会となりました。

ビリヤニは、大きな釜でまとめて炊き上げるほど、スパイスの濃い部分と白い米のコントラストが際立ちます。ありがたいことにランチタイムには多くの方に足を運んでいただき、静岡でもビリヤニが「日常の食」として受け入れられる手応えを得ることができました。

イベントの現場で得た手応え
音楽フェスやマーケットへの出店も加速しています。「Japan Mobility Show 2025」では約7,400食販売し、本場インドの方から「故郷の味だ!」という言葉をいただきました。
出店実績:Japan Mobility Show 2025/森、道、市場 2024・2025・2026/朝霧JAM 2025/J-WAVE presents INSPIRE TOKYO 2025 SUMMER・WINTERなど多数


これまでの歩みと、これから
私はかつて建築を学び、街づくりの仕事に携わっていました。その頃から一貫しているのは、「街をもっと楽しくしたい」という想いです。
ビリヤニが街やイベントを訪れる理由のひとつになり、訪れた皆さんが街をもっと好きになる。そんな光景を、ビリヤニを通して描いていきたいです。
